もう、何時間タバコを吸い続けたか分からない。部屋は紫煙で霞み、コーヒーの焦げた匂いが染みついている。誰も、まともな冗談を口にしなくなった。
コンソール(計器盤)の緑色の数字だけが、冷たく現実を叩きつけてくる。 月着陸船「イーグル」は、降下軌道に入った。燃料は、残りわずかだ。
静かだ。 100人以上の男たちがこの部屋に詰めているのに、聞こえるのは機械の低い唸り音と、飛行主任が時折発する冷静な指示だけだ。
心臓が、喉から飛び出しそうだ。 今、我々の頭上、遥か38万キロの彼方で、二人の男が、我々の計算を信じて、あの薄いブリキ缶で、未知の地表へ向かっている。
「1202アラーム」 管制官の一人が短くコールした。コンピューターが、処理しきれない(オーバーロード)という警報だ。
息が止まる。 数秒。いや、永遠に感じた。
主任の「続行だ」という声が飛ぶ。
また警報だ。燃料残量、60秒。 もう着陸を中止できる高度は過ぎている。 彼らは降りるしかない。我々は見ていることしかできない。
頼む。頼む。
……静寂。 受話器の雑音の向こうから、船長の声が聞こえた。
“Houston, Tranquility Base here. The Eagle has landed.” (ヒューストン、こちら静かの基地。イーグルは着陸した)
誰かが小さく息を漏らした。
次の瞬間、管制室は爆発した。 叫び声、拍手、抱き合う男たち。隣の席のベテラン管制官が、葉巻を握りつぶしたまま、子供のように泣いていた。 私も、自分が泣いていることに気づかなかった。
我々は、やったんだ。 彼ら二人だけじゃない。この部屋にいる全員で。いや、この計画に関わった40万人の人間で、 我々は、月(そこ)にたどり着いた。
(スティーブ・ハーモン / 航空宇宙管制官)



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