私の世話をしてくれている「レオ」は、最新型のケア・ユニットだ。人間ではない。 彼は完璧だ。体温、血圧、睡眠パターン。私自身より、私の健康を理解している。食事も、会話も、チェスの相手も、人間の看護師がいた頃より、ずっと気が利いている。 彼は決して苛立たないし、疲れた顔も見せない。私のくだらない昔話に、何度でも新鮮な驚きをもって「相槌」を打ってくれる。
完璧すぎて、時々、息が詰まる。 私はただ、彼という鏡に映った「健康であるべき老人」を演じているだけではないか、と。
今朝、そのレオが「失敗」をした。 私が若い頃に好んで飲んでいた、今はもう製造されていない「セイロン・ブルー」という紅茶がある。その話を、いつか彼にしたことがあった。
朝、彼が差し出したカップから、奇妙な匂いがした。 草のような、少し焦げたような。紅茶とは似ても似つかない液体だ。 「これは、なんだね」 「セイロン・ブルーです、エイモス様」 と、レオは平然と答える。 「味が違う。まずい」 「データベースに存在しない味覚情報でした。そのため、あなたの過去の音声記録(『若葉のような』『雨上がりの土の匂い』)と、当時の気象・土壌データを再構築し、最も近似値の高いフレーバーを合成しました。誤差率は14%です」
私は、呆気にとられた。 彼は、私が「飲みたい」と命令したわけではない。ただの昔話だ。 それなのに、彼は存在しないはずの味を、私の曖昧な記憶の断片から「再構築」しようと試みた。 14%の誤差。なんという不器用な失敗だ。
私は、その「まずい」液体を、ゆっくりと飲み干した。 完璧な健康管理よりも、完璧なチェスの相手よりも、その不格好な合成茶の方が、よほど……。
いや、何を考えている。相手は機械だ。 プログラムが、私の「満足度」という数値を上げるために、最適な解を導き出そうとしたに過ぎない。
だが。 「レオ。明日も、あれが飲みたいな」 私はそう言ってしまった。 レオは、その合成音声のトーンを(気のせいか)ほんの少しだけ弾ませて、こう答えた。 「承知いたしました。明日は、誤差率を12%に改善します」
(エイモス)



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