【誰もが無視するあの矢印】非常口マークの「逃げてる人」の逃走経路を徹底的に深掘りしたら人生の真理にたどり着いた件

日常

はじめに

突然ですが、あなたの人生に「逃げのびた経験」はありますか?

いや、別に刑事事件とか、修羅場になった合コンからの脱出とか、そういう話じゃないです。もっと日常的な、たとえば「納期から逃げる」「上司からの無茶振りから逃げる」「今日の晩御飯を考えるタスクから逃げる」といった、私たち全員が日々、無意識に繰り広げている「エスケープ劇」のことです。

で、そんな「逃げ」の象徴といえば、そう。あの緑色のアイツです。

非常口マーク。

あのマーク、よく見ると、小さな人が一生懸命ドアに向かって走ってますよね。しかも、ドアは常に開いてる。まるで、「さあ、お前も早く来い!」とでも言いたげな、切羽詰まったポーズで。

我々はそのマークを毎日見て、何の疑問も持たずにスルーしています。でも、ちょっと待ってくれ。あの人が走ってるのって、一体何から? そして、あの開かれたドアの「その先」って、本当に安全なパラダイスなのか?

常人なら「ハイハイ、非常口ね」で終わるところを、私はあえて立ち止まりました。

日常の風景に潜む、この「デザインされた切迫感」を徹底的に深掘りしたら、きっと何か、人生の真理みたいなものが見つかるに違いない、と。これは、世界一どうでもよくて、世界一面白い、「走る人の逃走経路」を辿る旅です。

非常口マークの正式名称と、彼が「走らざるを得ない」理由

まず、あの緑色の彼の素性を確認しましょう。我々が「非常口マーク」と呼んでいるあのデザイン、実はちゃんと正式名称があります。

それは、「避難口誘導標識」です。

…ダサい。「逃走野郎を誘導する緑の看板」くらいでいいのに。

ちなみに、世界中で使われているあのデザインは、日本人デザイナーである太田幸夫氏が考案したものがベースとなっています。

彼は、言葉や文化を超えて「火事だ!逃げろ!」という情報を瞬時に伝えるために、あの「走る人(通称ピクトグラム)」を創り出したわけです。

ここで重要なのは、あの人が「走っている」という点です。立っているわけでも、歩いているわけでもない。全力疾走、もしくはそれに近いポーズです。

これは、非常事態においては一刻の猶予もなく、「もたもたしてないで、さっさと出口へ急げ」という切実なメッセージが込められているからです。つまり、あの人は「緊急事態という名の理不尽な重圧」から逃げている、現代社会を生きる私たち全員の分身なのです。

もし、あの人が「ふう、ちょっと一服」くらいのスピードで歩いていたら、多分誰も逃げない。あの絶妙な「焦燥感」こそが、デザインの勝利であり、私たちの心を無意識に動かしているのです。

ドアの先は天国か、それとも次の迷路か?シュールな出口の考察

さて、いよいよ本題です。あのピクトさんが目指す「開かれたドアの向こう側」。あれは何を意味しているのでしょうか?

A. 地上へ続く階段?

B. 無事に避難した人々が待つ安全地帯?

標識のルールからすると、あのドアの先は「安全な場所」であると定義されています。しかし、考えてみてください。人生において、「このドアを開ければもう安心!」という場所なんて、本当に存在するんでしょうか?

私は、あのマークを「人生」のメタファーとして見ています。

私たちは、目の前のタスク、プレッシャー、人間関係から「逃げたい」と思い、あのピクトさんのように猛ダッシュで「非常口」を探します。そして、なんとかそのドアをくぐり抜ける。

ところが、その先に待っているのは、別の問題、別のプレッシャー、別の非常口マークだったりする。

「ブラック企業から転職だ!非常口だ!」→新しい職場で、また別の形の理不尽に直面。

「もう勉強は嫌だ!卒業という非常口へ!」→社会人という新たな「火災現場」へ放り込まれる。

あのマークが示唆しているのは、「避難」とは「状況をリセットする行為」にすぎず、「永久的な安息」ではない、というシュールな現実ではないでしょうか。

あのピクトさんは、私たちに「逃げてもいいんだよ」と優しく背中を押すフリをして、実は「お前の逃走劇は永遠に終わらないぞ」という、人生の残酷な真実を教えてくれているのかもしれません。

いや、緑のくせに恐ろしいやつだ。

走ることをやめた時、世界は変わるのか?

では、私たちはどうすべきなのか?あのピクトさんのように永遠に走り続けるしかないのか?

ここで、太田幸夫氏がデザインしたマークには、もう一つバリエーションがあることを思い出してください。

それは、右向き(ドアに入っていく)と、左向き(ドアから出ていく)のピクトグラムです。

状況によって「どちらへ向かえば安全か」を教えるための2種類が存在します。

しかし、私が注目したいのは、その「両方向の運動性」です。

これはつまり、非常事態における「逃走」とは、一方向の直線的な行動ではなく、状況に応じて柔軟に「方向転換」できる知性を伴うべきだ、というメッセージだと解釈できます。

仕事でどうにもならない状況に直面したとき、「非常口は一つしかない」と思い込まず、「上司に相談する」という左向きの出口、「部署異動を願い出る」という右向きの出口など、複数の選択肢を冷静に見定めること。

それが、あのピクトさんが教えてくれる、真の「サバイバル術」ではないでしょうか。

そう、本当に逃げるべきなのは、「目の前の火災」ではなく、「非常口は一つしかないと思い込む、硬直した思考」なのかもしれません。

我々が日常で無意識にスルーしている、あの小さな緑色のマークは、実は「君の人生の自由度は、君が思っているよりもっと高い」という、壮大な哲学を語りかけているのです。

ありがとう、ピクトさん。あなたの絶望的なまでの全力疾走は、私の人生を立ち止まらせてくれました。

まとめ

誰も気にしない、あの非常口マークの「走る人」の逃走経路を深掘りした結果、たどり着いた結論はこうです。

非常口とは、「その場を凌ぐための応急処置」であり、本当の安全地帯は、ドアの先にあるのではなく、「複数の非常口を見つけ出すあなたの頭の中」にある。

これから電車やビルで非常口マークを見かけたら、こうツッコミを入れてみてください。

「おい、ピクトさん。そんなに焦るな。そのドアの先も、どうせまた別の非常口だぞ。大事なのは、そこで立ち止まって、次の逃げ道を探すことだ!」

このユーモラスな視点を持つことで、あなたの日常のプレッシャーも、少しはクスッと笑える「デザインされた切迫感」に変わるはずです。

さあ、あなたも今日から、「非常口を探す哲学者」になってみませんか?

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